インターネット「ぴゅう太郎」 「いつか何処かで」
14 谷川の清水
上信越高原国立公園、谷川岳は秋の装いをしていました。
ウルシ、ナナカマドなど紅葉の赤色そしてイチョウ、カラマツなど黄葉の色は緑色の森林をキャンバスとして、くっきりと浮かび近くに映るため進出色と呼ばれます。
秋は1日50mの早さで山の麓に向けて進出してきます。
私は谷川岳天神平(標高1321m)までロープウェーで長さ2.4km(標高差560m)を10分で観望することができました。1分で約1日分、つまり10日間分の紅葉の変化を一気に楽しめた訳です。谷川岳は、北アルプス剣岳、穂高岳と並んで巨大岩場があり、ロッククライミングの三大メッカです。毎年、七月第一日曜日には麓にある遭難者の慰霊塔前で山開きがあります。
魔の谷川岳です。美しい景色は突然に豹変し魔境になるのです。
関越自動車道で神流(かんな)川を越えると、鶴が羽を拡げて飛ぶ形をした群馬県に入ることができます。県木はクロマツです。
谷川岳とふもとの水上温泉は鶴の左羽先にあります。鶴の首あたりに観音とダルマで有名な高崎があります。ダルマの眉は鶴で、口髭は亀で描かれている事を初めて知りました。
赤城山と榛名山の間を抜けて行くと伊香保温泉があります。300段360m石段の湯伊香保は、竹下夢二の湯治場です。
徳富蘆花に、人間はなぜ死ぬのでしょうかと語らせた湯です。
沼田市は、片品川老神温泉、尾瀬が原への道があり、昔から城を取り合った要所です。いまはリンゴの林が拡がっています。
赤城高原には蒟蒻畑が拡がっています。蒟蒻芋は毎年冬が来る前に掘り起こされ、春に植え直し、みかん大、りんご大、そしてメロン大と徐々に成長し、3年を経て完成します。
水上温泉郷には戦国時代旅の僧が発見した歓楽の水上温泉、
安倍一族が東北から逃れてきた保養の湯桧曽(ゆひそ)温泉、
武尊が白鷺に導かれそこにある大きな力石が二つに割れて湧き出したという秘湯の宝川温泉などがあります。
汪泉閣には宝川に添った月の輪熊も来る大自然露天風呂があり、
その成分は、K+12.5mg, Na17.5, Ca2+46, Mg2+1.65, Fe2+1.53,
Cl-306, SO42-200, HCO3-27.7でした。
ここ利根川上流地域には、湯の観光他に、東京の喉を潤すとても重要な役割を担うダムが8ヶ所あります。
つまり谷川岳、奥利根地域は東京の清水の源なのです。
アーチ式の矢木沢ダム、ロックフィル式の奈良俣ダムなど構造が異なり、須田貝ダムの洞元湖、藤原ダムの藤原湖などそれぞれのダム湖に名前があります。1955年藤原ダムの完成により、藤原一族が東北から移り住んだ藤原地区の湖底には約160戸の家が沈んでいます。水を大切にすることを祈って、8月には周囲16kmの藤原湖一周マラソンが開催されています。
谷川岳の麓、土谷駅は日本海側と太平洋側を結ぶ清水トンネル(13490m)の玄関口にあたり、新潟方面へのプラットホームへは486段(約15分)の階段を下る必要があることからもぐら駅とよばれています。トンネルをつくるとき湧き出た水は、谷川岳の名水「大清水」(おいしいみず)として東京の駅で市販されています。そのカンには、次のように書かれています。
OHSHIMIZU is pure spring water gushing from a 1000m fountain below the alpine galore of the majestic Mt.Tanigawa rising 2000m high.
新幹線から富士山を望みながら谷川岳の名水を飲んでいました。
「いつか何処かで」