インターネット「ぴゅう太郎」 「いつか何処かで」
11. 風の盆

八尾の盂蘭盆は風の盆とよばれています。
岐阜、長野そして富山の八つ峰が重なった細長い街が八尾です。聞名寺の門前町として、養蚕、和紙で栄え、通商業の町として
日本のシルクロードとよばれていました。
今は、富山テクノポリスをひかえた現代都市として、
また「おはら風の盆」の観光都市として有名です。
おはらとは、大きな藁つまり豊年満作を祝い
大笑いをすることからきています。
1702年、八尾の証文返還に伴い徹夜で町流しの踊りが始まったといわれています。今は二百十日、稲を風で乾燥させ米を作り
「風の舞」というコシヒカリも販売しています。
九月一日から三日間は、越中おはら節と踊りを見るために、400台以上の観光バスの行列と
座るところも無いほど数えきれない人の波で溢れます。
肝心の踊りが見られないこともあります。
なんと、それでも毎年やってくる人がいるのです。
私のとなりの人がいいました。
「あんたも写真?」
大きな三脚に高級なカメラを持つその紳士は
今年も編み笠をした若者の踊りを写真に修めにきたのでした。
「夜中すぎて、観光客が帰ってしまうと、踊りが一段と盛り上がるのだけど、編み笠を取ってしまうので写真にならん。
町の奥に日本の道百選の石畳の古くからの坂道があるんだが、
これがボンボリが坂道にツーと並んで灯が点って
そこを静かに踊り町を流していくのがなんともいえず
風情があって一度撮りたいんだが。
なんとも人が多くて写真にならん。」
三味線と太鼓囃子そして胡弓の調べは哀愁を帯び人の心をうつものがあります。歌い方は思い思いの歌詞で流れるように一息に唄い揚げ、囃子の上句下句で転調し踊り方もちがいます。
「越中で立山、加賀では白山、駿河の富士山、三国一だよ」
最後の歌詞は次のように決まっています。
「浮いたか瓢箪、軽そうに流れる、
行く先きゃ知らねど、あの身になりたや。」
踊り手は、25才までの独身の男女に限られ、
そのうえ網笠をかぶるため、美形のシルエットが浮かびあがり、踊りを見る人そして写真を撮る人にはたまらない魅力なのです。
踊りには男おどり、女おどり、および豊年おどりの
3種類がありますが、どれも両手を肩幅より広げず、
むやみに手を肩より高く持っていきません。
その上品な踊りと叙情豊かな唄と囃子が夜の町並みに解け合い、気品が高く優雅に詩的に映るのです。
東町、諏訪町、鏡町、西新町、天満町の家々の玄関には
それぞれの町の簾がさがりそれぞれの盆が行われます。
この町では祭りとよびません。これは、盂蘭盆なのです。
私はやっとのおもいで3時間待ってバスに乗り帰ることができました。深夜2時バスに乗れたとき、もう二度と来ないと思いました。しかし、明け方、家についたとき、いつかもう一回だけ
行ってみようかなと妙な気持ちになったのも事実です。
風の盆は、その夜、不思議なシルエットに浮かんでいました。
「いつか何処かで」