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 「いつか何処かで」

9. 長崎テンボス


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 長崎に来るのはこれで三度目です。
最初は、ミニ出島や国宝大浦天主堂、日本最古の洋館グラバー邸など明治維新に関連する建物、歴史、文化を見学しました。
二度目に来たときは、ロープウェーで稲佐山に登り、そこから
すばらしく美しい長崎港と平和祈念の像をはっきりと見ました。
長崎第二の都市は軍港佐世保です。空から見ると普通の森の中に洞窟が掘られ弾薬銃器、燃量などが保管されているそうです。
三度目は、その佐世保と長崎の間、大村湾に面して拡がる現代テーマパーク、ハウステンボスにいきました。オランダ語でHuis Ten Boschとは森の中の(テンボス)ハウスという意味です。
ここは東京ドームの30倍、東京ディズニーランドの2倍の広さがあり、オランダの都市、運河などを模して、西洋文化、ヨーロッパの雰囲気を感じることができます。
ブルーケルン、キンデルダイク(子供の堤防)、ニュースタッド、ミュージアムスタッド、ビネンスタッド、ユトレヒト、スパーケンブルグ、パレスハウステンボス(宮殿)、フォレストパークそしてワッセナー(住宅街)と十のエリアを廻りました。ユトレヒトには105mのオランダ最高の教会塔ドムトールンがあります。1967年6カ国で始まった欧州共同体(EC)から、15カ国の欧州連合(EU)に脱皮させた1992年のユトレヒト条約は、ヨーロッパの経済をユーロ通貨ひとつに統合する都市ユトレヒトを世界に知らせその尖塔はこれからのヨーロッパユニオンを象徴しています。ここからの大村湾は絶景でした。
オランダのエッシャーは婚姻の絆、永遠の滝など不思議な連続する空間を創造した画家で、その立体三次元映像を楽しみました。
また、水の妖精ランがオランダの洪水、雷などを観客席を巻き込んで起こすアトラクションは人気がありました。宮殿ザールでは、1995年末に四年をかけて完成したという劇画風大壁画と対称的ゴシック様式のオランニェ家庭園を楽しみました。
ホテルヨーロッパの中庭には桟橋があり、専用船が停泊し外洋に通じていました。このようなポンツーンのあるホテルはさすがヨーロッパのフラグシップホテルと呼ばれるだけあって素晴らしく、チョコとミルクティーも美味しく時が経つのを忘れました。
ハウステンボスでは開園5周年を記念して大航海祭が開催され、壮大な3本帆船デリーフデ号を舞台にしてその海と森と空をテーマとするドリーム イン ザ スカイというレーザ光と劇的なスターマインで彩られました。デリーフデ号は1598年ロッテルダムを出航し1600年大分県に漂着しました。この時、乗組員110名の内、生存者は24名でした。そして歩ける者は数名でしたが、相模三浦郷の三浦按針(ウイリアムアダムス)と東京八重洲の名の由来の耶揚子(ヤンヨーステン)は特に有名です。
1853年ペリーが浦賀にプチャーチンが長崎に開港をせまり、これに対抗するためオランダから伝習船スンビン号(観光丸)が幕府に寄贈され、蘭語に優れた勝海舟らが航海術を学びました。
この観光丸は1988年オランダアーメルス造船所で復元され、ハウステンボスと大村湾対岸のオランダ村とを往復しています。
これら歴史のある帆船と七色に輝くレーザ花火は、ヨーロッパの壮大な建物をもはるかに超えて大きな夜空に現代の色彩豊かなパラダイスを幻影しました。その夜長崎の森の中は、日本と西洋の歴史と文化がとけあい、向日葵のように開き咲いていました。

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