インターネット「ぴゅう太郎」 「いつか何処かで」
6. 竿灯の夜

秋田には日本一深い田沢湖があります。水深が423mで火山性カルデラ湖です。十和田湖の皿のような湖底に対し、田沢湖は桶のような湖底です。田沢湖の水は酸性が強く、この近く玉川ダムには酸性を中和する設備もありますが、限度があり魚は棲めません。しかし、民話には現実を超えた創造性があります。
酸性が強く生物がいない分、田沢湖はどこまでも澄みわたり、
その美しさは別格です。湖を見渡す所にはスイス村があります。
湖畔にはブラックストーンの台座に黄金の辰子の像があります。
昔、とても美しい辰子姫は自分の美しさを永遠に保つにはどうすれば良いか観音様にたずねました。すると湖の水を飲むようにいわれ、そのようにすると、のどの乾きがいっこうにとまらず、
とうとう大蛇にな り湖の主になってしまったそうです。
それを悲しんだ両親は湖に訪ねると、辰子姫は
「私のことは心配しないでください。
私はこの湖のようにいつまでも美しくいます。」と答えました。
両親が湖に木を投げ入れるとそれは魚クニマスに変形し、
泳いで湖底に消えていったと言います。
民話はこれでは終わりになりません。さらに複線があるのです。
昔、八幡平奥入瀬にいた八郎太郎は仲間といわなを捕りにきました。仲間が山菜をとりにでかけましたが帰りがとてもおそいので、捕れたいわなの塩焼きを全部食べてしまいました。
のどが乾いたので、十和田湖の水を飲みました。
すると、のどの乾きがいっこうにとまらず、
とうとう大蛇になり湖の主になってしまったそうです。
時が過ぎたある日、鉄草鞋をはいた修行僧がやってきて、湖にいた大蛇すなわち八郎太郎を追い出してしまいました。
八郎太郎は、しかたなく八郎潟に移り住みました。
しばらくすると、そのとなりの田沢湖の辰子姫の美しさに魅惑され秋から春まで八郎潟を留守にするようになりました。その間に八郎潟は干拓されてしまいました。しかし、いまでは、八郎太郎は田沢湖で辰子姫と逢瀬を暮らしているということです。
秋田には260以上もの温泉と民話が残っています。
秋田は徳川家に国替えさせられた佐竹氏20万石の城下町です。佐竹一門の芦名氏が水戸から移り住んだ武家の町が角館(かくのだて)です。ここでは青柳家を見物しました。
京香る桜木のある武家屋敷の路を歩き、観桜の季節がここに住んだ武士の心を一番休めたのではないかと想いました。
秋田市に入ると、和太鼓の響きが聞こえました。
夜のシャンデリア、228本の秋田竿灯火祭りが始まりました。
竿灯大通りの中央分離帯が桟敷席になっています。沿道は人で溢れています。九連の竹に四十の提灯に蝋燭がともり、大若、小若、そして幼若と種々の竿灯が和太鼓とともに行進していきます。ドッコイショー、ドッコイショー、根ついたオエタサー。
交替して手、肩、腰、頭に大人の体重ほどの米俵の形をした提灯を持ち上げる様は壮観です。竿灯が稲穂のように曲がり、自分の目の前に倒れかかってきたときはおもわず声がでてしまいます。
その先端には、氏神から頂いた紙と麻の御幣がなびいています。
頭にふりかかるもの、それが豊作への祈願であり、祖先への供養なのです。神が宿るもの現世のけがれすべてをその竿灯に託して七夕の終わりには民話とともに雄物川に流れていきます。
「いつか何処かで」