インターネット「ぴゅう太郎」

 「赤道の向こうに」

18. 地球の夕焼け


 飛行機の離陸はいつも緊張するがとても気持がよい。
巨大な翼はいとも簡単に想像を越えた数の人間を一瞬のうちに空に浮かべてしまう。つい百年前には夢であった事が嘘のようである。窓の外は地上1万メートル、温度マイナス40度、時速800キロメートルで飛行中といわれても
「すごいね」
としか言葉がでない。もう1キロメートル上空には空気はない。たとえ自分がパイロットだとしてもその重大さを感じることは難しいと思う。
いつか人類は真空の宇宙空間をシャトルに乗って旅行する日を迎えるだろうか。現実を目前に
「信じられない」
としか言えない。
夜飛行機が飛び立ち、自分の住んでいるきらめく日本がみるみる小さくなった。眠れずに映画をみていると、いつのまにか赤道を越えて朝やけとともにオーストラリアに着いてしまった。当たり前のことが、私には不思議におもえてならない。空からの地球はこんなに狭いのに、降り立つと大地は限りなく広く見えてしまうのだ。

 オーストラリアからの帰路、飛行機の窓からグレートバリアリーフを見ていた。ブーメランのような形のリーフがいくつもつながりそれぞれの美しさを海面に映している。
このひとつひとつの珊瑚礁には水族館でみたような色とりどりの熱帯魚が泳ぎ回っているはずだ。
しかし、私にはそうした無数の生命を感じることができなかった。
空からみたリーフは美術館でみたような色と形の造形物にしか見えない。
ほんとうに熱帯魚が生きているのだろうか。陸地には建物がごく小さくまた数多く見える。
しかし、そこに人間がほんとうに生きているのだろうか。動いている人間を実際に見なければ私にはとても信じられない。
人工的な海岸線を見てもなお、旅行でみてきた人々がその微小な空間で生きていることをつい忘れてしまう。

 もし私が死んでいたら、この下界とは無関係に思える飛行機の中の私と同じように思えてならない。飛行機の中にたしかに私は生きている。他の乗客もたくさんいる。
しかし、地上からみると私たちはほんとうに生きているのだろうか。
あまりに遠い存在なのではないだろうか。
おかしな言い方とはおもうが、飛行場に降り立って、地上の人々の顔を見て初めて人間に戻れるような気持になる。

 飛行機から見る地球の夕焼けは、私の精神をそんなおかしな状態にさせる。
もう少しこの飛行機が上昇するともうそこには空気がない成層圏である。
そこでは宇宙服を着ないと生きてはいけない世界である。
私が生きている世界にはこんなに美しい夕焼けがある。
時間とともに蒼い空は少しずつ赤く染まり、その幻想的な夕焼けのイメージがうまく撮れないのがわかっていながら、私はその夕焼けに向かってシャッターを何度も何度も押していた。


「赤道の向こうに」