インターネット「ぴゅう太郎」「赤道の向こうに」
オーストラリアからのお土産
島 一朗
1. 夏中謹賀新年
オーストラリアのケアンズで新年を迎えた。ダンスの途中でカウントダウンがはじまり、風船とクラッカーの破裂する音、そして「蛍の光」(Old Long Ago:懐かしい昔)を唱和して新年が始まった。映画ではみたことがある光景を実際に目撃することができた。これは、日本の新年しか迎えたことがない 私にとってはじめての経験である。これまで、「蛍の光」は1年の最後に唱う歌、あるいは学校を卒業するときまたは店が閉まるときに流れる曲と思ってきた。ところが実際には1年の最初に唱う曲であることに気がついた。
新年は、雪の降るような寒い夜に寺院の除夜の鐘の音が荘厳に鳴り響く中で、あるいは神社に参拝し柏手を打ちこれからの1年の無病息災を願って厳かに迎えるのが常識であった。
しかし、オーストラリアではその同じ時刻暑い真夏の夜中に、キラキラした帽子をかぶって奇抜な仮装をしてみんなでダンスを踊り、 HAPPY NEW YEAR とシャンパンを傾けながらキスをし騒ぎながら新年を迎える。暑中見舞いではなく、暑中謹賀新年である。私はその暑中謹賀新年パーティーで初めて突然にキスをされて気恥ずかしかった。楽しくダンスをすることを知らない私は、とても強いカルチャーショックを覚えた。日本では忘年会そしてクリスマスパーティでイメージはだいぶ違うが飲みながらカラオケなどで騒ぐ。しかしオーストラリアのクリスマスにはほとんどの店は閉まり、家族と家で静かに過ごしている。オーストラリアに限らずキリスト教を信仰する人々にとってはクリスマスはとても神聖な儀式の日である。
シドニーでクリスマスにテレビを見ていたが、エリザベス女王が世界に平和を願うメッセージをのべ、バチカン市国からはローマ教皇が行う儀式の中継もあった。キリスト教徒が多い国ではイエスの誕生したクリスマスとイエスが復活するイースターは静粛に過ごすのが常識である。
日本とオーストラリアはまったく逆、というよりも日本のクリスマスの過ごし方がやや誤っているように思えた。つまり神道と仏教を信仰する人が多い日本ではイエスの誕生を子供がよく家で催す誕生会のような雰囲気で楽しんでいるところがある。
そのかわり元旦は特別な日で、昭和のはじめごろまでは、すべての人の年齢を元旦を基準に計算していた。かぞえ歳である。
つまり日本にとっては元旦が儀式の日である。ほとんどの店が閉まり暖かい部屋で家族と一緒に睦月を迎える。
とはいえ、日本の大人にとって儀式の日のお正月は子供にとってはお年玉がもらえる楽しい日である。
一方、赤道の向こう側でも、オーストラリアの大人にとって儀式の日であるクリスマスは子供にとってはやはりプレゼントがもらえる楽しい日なのである。
「赤道の向こうに」